三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)を読んだので、感想をレビューします。
メンタル的な話や本を読むためのライフハックかと思いきや、話は労働環境やその歴史にまで広がります。

テーマは本を読むためというより、生き方や働き方の提言に近いかも。
この記事ではざっくりしたまとめと、私の感想を書いています。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』に興味がある方、すでに読んでいて他の人の感想を知りたい方はぜひお読みください!
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の感想


学生時代まで本が好きだったのに、社会人になってから労働に追われてなかなか本を読めない…という人は多いでしょう。
本書はタイトルの通り、なぜ労働と読書の両立が難しいのかを論じた話です。ここでは私が『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んだ感想をまとめました。
社会人あるあるに共感して、読めない理由がわかる
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では、各所に映画「花束みたいな恋をした」のシーンが引用されています。
「花束みたいな恋をした」では文化的な趣味を好んでいた麦が、就職してからかつて好きだった本を読む余裕がなくなり、恋人の絹とすれ違っていく過程が描かれています。



本が好きな人であれば、心当たりがある人は多そう…。
私は適応障害で休職していた時期が2回ほどありますが、当時は2回とも本を読める状況ではありませんでした。子どものころからずっと本が好きだったのに、心から楽しめなくなっていたのは本当に辛い体験です。
本が読めない理由を「自分がサボっているから」「メンタルが弱いから」と自分のせいにしてしまう人もいるかもしれません。しかし、本書では「そもそも本が読めない労働環境はおかしいのでは?」と疑問を呈しています。
本をとりまく社会、そして歴史
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では明治時代から現代まで、本を取り巻く労働環境、ひいては社会の動きを解説しています。
個人的に面白かったのは、『痴人の愛』連載当時の話。本書では『痴人の愛』を、当時はサラリーマン向けの妄想物語だったのではないか、と解釈しています。



大正文学にどこか高尚なイメージを持っていたので、当時はエンタメ寄りの小説だったのかと思うと意外でした。
社会、歴史の話はこちらで書くと長くなってしまうので、気になる方は本書へ。
共感できるかは人による
こんな人は共感できないかも…と思ったので参考までに。もちろん共感が全てではありません。
本を読むことが好きで、労働に全身全霊を捧げることに普段から疑問を持っている人は『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』に共感できるはずです。私も筆者の考え方には共感しました。
しかし、「花束みたいな恋をした」の麦のように責任感が強く、現在進行形で仕事に全身全霊で打ち込んでいる人は反発を感じるかも…とも思いました。
この本を誰かに紹介するとしたら、本が好きで感受性が高い人にすすめると思います。性別に限らず読める本であることは間違いありませんが、どちらかというと女性の方が共感できそうな印象でした。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んだ人におすすめしたい本


『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んだ人におすすめしたい本を3冊紹介します。
- 依存症と回復、そして資本主義 暴走する社会で〈希望のステップ〉を踏み続ける(中村 英代/光文社新書)
- 映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形(稲田 豊史/光文社新書)
- 華氏451度(レイ・ブラッドベリ/ハヤカワ文庫)
どれも私が実際に読んで、本書とのつながりを感じた本です。
依存症と回復、そして資本主義 暴走する社会で〈希望のステップ〉を踏み続ける


依存症も本が読めない状態も、個人の意思だけで片づけられる問題ではありません。『依存症と回復、そして資本主義』では、依存症が起こる背景にある資本主義的な考え方と、実際に治療施設で行われているアプローチを解いています。
「依存症は意思の弱さではなく、社会のシステムが原因となっている」という点を当事者や治療施設から論じています。扱っている症状は異なりますが、メンタルの問題が社会のシステムとつながっている点は共通していました。
心理系、社会系の本が好きな人にはこちらもおすすめ。
映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形


本書でも引用されている新書です。映画を純粋に楽しむのではなく、情報(コンテンツ)として消費している風潮を指摘しています。
映画も読書と同様、本来は観る人が思いもよらない文脈(『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でいうノイズ)を持っているはず。しかし倍速視聴やネタバレはノイズをそぎ落とし、映画をコンテンツとして消費してしまいます。
『映画を早送りで観る人たち』ではそんな人々を単に「けしからん」と批判するのではなく、ネタバレや倍速視聴が普及する背景を分析した上でタイパ主義や個性へのとらわれを描いています。
社会問題、特に若者を取り巻く環境について関心を持つ方におすすめ。
私は20代後半でこの本を読みましたが、サブスクの普及やコロナ禍もあって、私が大学生のころと現在の大学生の間でも大きなギャップがあると感じました。



この本を読まなかったら「倍速で映画を観るなんて…」と思考停止で批判していたかもしれません。
華氏451度
こちらは小説。本の所有を禁止されたディストピアのお話です。
主人公は本を燃やす「昇火士」として働いていますが、ある少女との出会いをきっかけとして、本を燃やす行為に疑問を覚えるようになります。
本の代わりにも娯楽は登場しますが、これが『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でいうスマホや自己啓発本のように、どれもノイズのないものばかり。「現代社会を予言していたのでは?」と感想を持つ方も多い本です。
本の持つノイズがあるからこそ私たちは思考できるし、今の在り方に疑問を感じられるのだとこの本を通して思いました。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はAudibleでも聴ける


気になってはいるものの、疲れていて『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』さえ読めない…という方は、本を読むのではなくAudibleで聴くという手もあります。
Audibleは30日間の無料体験が使えるので、期間内であれば無料で『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の内容を聴けます。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の文体は全体的に話し言葉寄りなので、実際に聞いてみたところ自然に頭に入りました。
本を買って開くのにハードルを感じる方は、スマホで動画やSNSを見る代わりにAudibleを利用してもいいでしょう。先ほど紹介したおすすめ本も『依存症と回復、そして資本主義 暴走する社会で〈希望のステップ〉を踏み続ける』以外はAudibleで聴けます。
まとめ


『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の感想を紹介しました。すでに読んだ方に向けて、おすすめの本もピックアップしています。興味がある方はぜひ読んでみてください。



個人的には、あとがきの「働きながら本を読むコツ」もお気に入りです。
著者の優しさと本に対する愛着を感じました。
三宅香帆さんは他にも多数著作を出されており、『娘が母を殺すには?』もおすすめです。一見テーマは全く異なりますが、根を辿ると同じ社会問題に行き当たります。
実は、本書『娘が母を殺すには?』は、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』と、私のなかでは完全に、対になっている作品である。
全然関係のないテーマの2冊に見えるかもしれない。が、これは私の中では、同じ問題ーー日本の戦後文化史ーーを裏表から扱っている2冊なのだ。
つまり『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が日本の戦後サラリーマン文化史(A面)だとすると、『娘が母を殺すには?』は日本の戦後家庭母娘史(B面)となっている。
今まさに本が読めなくて困っている方は、こちらの記事もぜひ参考にしてください。

